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講座でスペキュラティブ・デザインを知る
2019/9/11に行われた武蔵野美術大学公開講座を受講してきた時のレポートです。
武蔵野美術大学の新学科を開設に伴うイベントで、「スペキュラティブデザイン」についてのお話が聞けてとても興味深かったので、文章として残しておりましたので公開します。
本講座の目的
本公開講座では、各回以下の問いについて講師に学ぶ。
1. 発想はどこからくるのか?
2. 新しい価値を作るとは何か?
3. 未来の創造的リーダー像とは?
本講座の形式
モデレータ:稲葉 裕美 氏(武蔵野美術大学出身、OFFICE HALO代表取締役)
講師:長谷川 愛 氏(アーティスト、デザイナー、東京大学特任研究員)
講師の長谷川氏のこれまでの作品を紹介したのち、
モデレータとのセッション、質疑応答、という流れで進んでいった。
なお、講義の進行と同時に下の写真のようなグラフィックレコーディングが行われた。
グラフィックレコーディングとは、講義やイベントの場でリアルタイムで議論内容を可視化する取り組みで、これをもとに振り返りや質疑応答を行う。
グラフィックレコーダー:和波 里翠 氏(DeNA UI/UXデザイナー)
スペキュラティブ・デザイン(Speculative Design)とは?
今回は「0→1を生むアートとデザインの思考を学ぶ」がテーマなので、講師の長谷川氏の取り組むスペキュラティブ・デザインについて学んだ。
Speculativeは「思索的」という意味で、スペキュラティブ・デザインは「未来について考えるきっかけを提供する」ことを目的としている。
本来デザインは「課題解決」をするものとされているが、デザイナーは人口問題や、地球温暖化といった、世界の諸問題を解決する人ではなく、世の中の価値や信念、態度を疑って、さまざまな「代替」の可能性を提示する役割を担っているという。
提唱者である、英国の王立芸術大学(Royal College of Art)の教授であるアンソニー・ダンとフィオナ・レイビーの著書に書かれている以下の図では、既存のデザインが、現在(Present)から見て、起こりそう(Probable)あるいは望ましい(Preferable)未来を考えるものであるのに対して、起こってもおかしくない(Plausible)、起こりうる(Possible)未来を射程に捉えているということを表している。
スペキュラティブ・デザインの事例
講義で紹介された作品の中で印象的だった長谷川氏の作品をいくつか紹介する。
彼女の興味・関心が生命、出産にあるため、バイオテクノロジーに関する作品が多い。
I Wanna Deliver a Dolphin…
「私はイルカを産みたい…」
潜在的食物不足とほぼ70億人の人口の中、絶滅の危機にある種(サメ、マグロ、イルカ等)を代理出産することを提案している。
子供を産みたいという欲求と美味しいものが食べたいという欲求を満たすために食べ物として動物を出産してみてはどうか?、そして自分で出産した動物を食べられるのか?という議論を提示している。
通常「免疫」は自己か否かが問題で、自分以外の細胞が体内に侵入すると免疫によって攻撃する。
しかし、胎盤の細胞は「人間か否か」が線引きとなっているため、代理出産という完璧な他者さえも体内に保育することが可能となっている。
このプロジェクトではさらにこの免疫寛容を「ほ乳類か、否か?」に拡張させることを想定しているという。
HUMAN X SHARK
資生堂とのコラボレーション作品。
資生堂は「新しい美の価値観を想像する」という理念をもっており、これに長谷川さんは強く共感し当プロジェクトにあたった。
女性を強くし、サメを魅惑する香水制作の可能性を探るリサーチプロジェクト。
Alt Bias Gun
アメリカでは、警察官が武器を持たない黒人市民を射殺した割合は、武器を持たない白人市民を射殺した割合の2倍にあたるという。
当プロジェクトでは、機械学習、政府、武器が、このままでは人種差別を助長しディストピアとなる未来を招いてしまうのではないか?という問題を提示している。
この銃は「非武装で警察に銃殺された黒人」の過去数年のデータから殺されやすい人を学習判別をし、条件にあった場合は銃の引き金を数秒引き留める。
(Im)possible Baby
実在する同性カップルの一部の遺伝情報から出来うる子供の姿、性格等を予測し「家族写真」を制作し、画像として具現化した。
同性間の子供をつくることの出来る未来がすぐそこにきているのであるが、倫理的な問題で「不可能」になるかもしれない。
1行の文章で説明されるだけでは「なくとなくダメ」と思われ拒否されてしますかもしれないが、実際にこんな未来が待っているかもしれないという画像で可視化することで、議論の段階にさえ至らなかったものをちゃんと考えてほしい、という想いを伝えている。
当プロジェクトは、2015年にNHKにて「会えるはずなかった 私の子どもへ」というドキュメンタリーとして放送され、Twitterでも多くの議論がなされた。
Twitter まとめ http://togetter.com/li/882876
体外配偶子形成(IVG: in vitro gametogenesis)の研究等の先には3人、4人、5人等、複数親の遺伝情報を持つ子供が作れる可能性がある。
子供にとっては遺伝子や経済、愛情のリソースが増え、親は出産育児にかかわる様々のコストが軽減される等、多くの利点と共に様々な問題が発生することが容易に想像できる。
しかし以前は占有物であった車や家もカーシェアリングやAirbnbのようにシェアリングエコノミーと言われる、良くデザインされたサービスシステムの登場により共有することができるようになった。
私たちはどのようなシステムがあれば、子供を他の親たちとシェアできるのか?という問題を提示し、プロダクトデザインやワークショップで考察したプロジェクト。
そのほかにも紹介されたさまざまな作品
・ 骨の細胞を培養して、お互いの結婚指輪にする
・臓器移植のために育てられた動物と、移植後に共に生きる
・ 天候を操るマシーンで、アイスクリームの雪を降らせる
・ゼロからトースターを作ってみた結果
・人間やめてヤギになったはなし
など。。
発想力を磨くには?
1. 発想はどこから来るのか?
→ 怒り、悲しみといった感情にフォーカスする
これって何がいけないのだろう、どうにか変えたいという想いに目を向けていくことが大切。
2. 新しい価値つくるとは何か?
普遍からの逸脱(たとえばココ・シャネル)
↓
新しい価値観を作る
↓
イノベーションとなる
3. 未来の創造的リーダー像へ
・自分が弱者になる体験をしてみること。
→自己の客観ができるから、現実に縛られない発想ができる。
・なんで自分はここから出られないのだろう・・・?
という考えから、これを破るためにどうすればいいかを考えるようになった。
・ 怒っている人、不満がある人の話を聞くこと。
→快適な形を想像できているから怒りや不満を示しているのであって、そこから発想が生まれる。
・現代の人はガマンになれている。
→納得できないことに向き合うことが重要。
発想力を磨くのにオススメな方法
- 旅に出ること
- 自分から離れてみる
- 本屋をすべて回ってみる
- 毎年1つ新しい国へ行く
- 毎年1つ新しいアクティビティをしてみる
- SF作品を観る(ブラックミラーとか)
所感
私はスペキュラティブ・デザインというものについて、今回初めて知ったので、このようなことを考えている人たちがいるということにまず驚いた。
普段生活している中では考えつかないような話が聞けてとても刺激的で、おもしろいなと思った。
「デザインは課題解決するもの」
そうずっと思っていたので、その概念の根底すら覆された気がして、とても衝撃的だった。
また、突拍子のないものが多いと感じるかもしれないが、違和感に気づくことの重要性、可視化・ビジュアライズの力の偉大さを感じた。
なぜこのプロダクトはこんな形なのだろう?と疑問に思ってみること、違和感に気づくこと、
もっとより良いデザインがあるのではないか?という考えを持ち続けることが重要だと感じた。
普段生きている中で、ガマンしていることは多い。(いちいち向き合っていたら生活できないから。長谷川氏は生きづらいと言っていた)
しかし、自分の感情と素直に向き合い、自分の感じた違和感や不快感から目をそらさず向き合ってみる。
それを言語化できるようになれば、よりよいものを作るために人に説明もでき、議論できるようになると思う。
その力を自分も磨いていこうと思った。
参考
長谷川愛 Work https://aihasegawa.info/work
スペキュラティブデザインとは?「問題提起するデザイン」で未来を考える https://boxil.jp/beyond/a4954/
スペキュラティブ・デザインとアート思考、デザイン思考 http://www.saltad.co.jp/design/speculative-design/